いんとろだくしょん

〜吉野川シンポジウム実行委員会の運動〜


 平成5年9月、徳島市で「吉野川の自然と第十堰改築を考える」と題するシンポジウムが開かれた。市民から初めて第十堰改築に疑問の声が上がったのである。環境問題として、第十堰が取り上げられたのも初めてであった。このシンポジウムが大きな反響を呼んだ。長良川河口堰と同じ堰が、吉野川に計画されている事を初めて知って驚いた市民は多かった。

 このシンポジウムを主催したのが「吉野川シンポジウム実行委員会」である。それは、もともとこのシンポのためだけに作られた会であった。しかし、このシンポジウムの反響は大きく、建設省の出席を求める声が相次いだため、そのまま解散するわけにいかず、直ちに第2回を企画した。だが、その後も建設省が出席を拒んだため、会は、さらにそのまま存続することになった。

 「はじめに可動堰ありき」の建設省の姿勢はおかしい、と私たちは批判した。同時に私たちは「はじめに反対ありき」の態度はとらないようにしようと話し合い、これが会を存視させるにあたっての共通認識となった。会員には「断固反対意見」の人がいる一方、「吉野川は大好きだが、堰のことはよくわからない」という人もいた。そこで私たちの会は「計画に疑問を持つ会」でいこうということになった。どちらかといえば、自然保護運動や政治活動とはあまり縁のない主婦や若い人が多かったので、何をするにもワイワイガヤガヤと時間がかかった。だがそれでいい、それこそが市民運動である、と私たちは考えた。

 会が「反対」を叫ぶかどうかは、メインの問題ではない。それよりも大事なことは、賛成であれ反対であれ、流域全体に大きい影響を与えるこの問題には、多くの県民が関わらないと駄目だ、ということである。できるだけたくさんの流域住民が事実を知ったうえで、住民自身が判断することが必要なのだ。住民が観客になってしまっては駄目なのだ。吉野川の豊かな自然を未来の子供達に手渡したいとの想い、川とつきあう先人の知恵を学び、次代へ伝えたいとの想いが住民全体に広がる時、状況は大きく変わるはずだ。

 そのために私たちに何ができるか。まずは吉野川の良さを知ってもらうため、住民を川に引っ張り出すことだ。私たちは、カヌー下り、自然観察会、たこ上げなどのイベントを繰り返した。徳島市の中心部からほんの10分ほどで行ける吉野川の河口は、1300メートルの川幅いっぱいに満々と水をたたえ、国内に比類のない雄大な景観をみせる。この広大な干潟は、ラムサールの「シギ・チドリ類に関する湿地ネットワーク」に指定された、貴重な生き物の宝庫である。シオマネキの観察会に切めて参加したという55歳の男性は、「忘れていた子供の頃の時間を取り戻したようだ」と感想を寄せた。地道な運動の結果、母なる吉野川への住民の関心は急速に高まりを見せている。

 くり返し言うが、やはり「はじめに可動堰ありき」はおかしい。吉野川をどうするかは、まず住民が決めることだ。私たちは、住民が判断するために情報公開を、と言い続けてきた。この問題は、官対民の対決では解決しない。官をささえているのは民である。ダムや堰の河川行政に反対するのが民ならば、川のコンクリート三面張りを進めるのもまた民、そこに暮らすもの誰もが関わらざるをえないのが川なのだ。

 多くの人が関わるためには、まず事実を知ることだ。第十堰をめぐる問題は、吉野川への関心の高まりをバックに、住民と建設省が徹底的に冷静な議論をし、これをマスコミが取り上げ、その操り返しがさらに住民の関心を広げるというユニークな経過をたどってきた。初めて建設省が公開シンポに出席したり、ダム審議委員会が中途公開したりしたため、いつしかマスコミから「徳島方式」という言葉が生まれた。事実に即して話し合いを続ける、ただそのことが現実を変える力になりうるという住民の経験は、今後の川とのかかわりを作っていく上で、大きな財産になるだうう。

初出:「未来の川のほとりにて」(山と渓谷社・刊)


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