第十堰問題とは何か
第十堰とは
第十堰全景
川の自然、そして風景の一部として溶け込んでいる
第十堰は吉野川の河口から約14キロメートルさかのぼった名西郡石井町と板野郡上板町の間にある弓状2段の斜め固定堰で、1250メートルの上堰と550メートルの下堰からなる。その名前の由来は「第十村」という昔の地名からきているもので、「10番目の堰」という意味ではない。
第十堰は江戸時代中期の宝暦2年(1752年)、農業用水確保のため農民の手によって造られた。 蛇篭(石を竹篭に詰めたもの)を基礎とし、青石の石畳を松杭で止めた堰で、明治初期に上堰が作られたり、昭和40年代にコンクリート補強がされたりと、川の変化に対応しながらもほぼ原型を保ち、今日に至っている。川底を盛り上げただけで貯水機能を持たないため自然になじみ、各地に見られる ゲート式の堰とはかなり趣が違う。