第十堰は単なる利水施設なのか


晩秋の第十堰
春夏秋冬、人との繋がりがある
 第十堰は、地域の人々の四季折々のくらしのなかに溶け込んでいる。その昔は、堰の上を流れる水音を聞くだけで、増水の程度も水防の判断もできたし、翌日の漁の算段も立てることができた。「第十の浜」と呼ばれ、吉野川舟運の大きな港としてにぎわった時代もあった。春には堰の上で俳句の行事があったし、魚取り、水泳、洗濯など、どの季節にも多くの人と川との多様なかかわりを持ちなが ら、現在に至っているのがこの堰である。建設省は、こういう視点には触れようとはしない。川と、川の施設を、治水利水と特定の機能に分断した河川政策が、結果として川から人々を排除し、遠ざけていったのではないだろうか。

 城塞のようにそぴえ立った長良川河口堰の近くは立ち入り禁止である。川に近づくと大音量のスピーカーが退去を命じる。ゲート操作に万一の支障を生じさせないためである。川を人為的に操作する可動堰は同時に人を拒絶し、人をさらに川から遠ざける。

 河川審議会答申が、21世紀の川を考えるにあたり、「365日のかかわり」から始めよう、と言わざるを得なかった日本の川の危機が、ここに象徴されている。

「未来の川のほとりにて」(山と渓谷社・刊)収録の文章に加筆


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